政府機関の技術リーダーの方々と話すと、多くが最初に導入した生成AIツールとして「AIチャットボット」を挙げます。実際、2025年1月時点で、連邦政府の生成AI活用例として文書化されている約80%がチャットボットやAIによるバーチャルアシスタントに関連しています。多くの機関はまず、内部向け(職員向け)のチャットボットを導入し、技術への理解と成果を確認したうえで、外部向け(住民向け)の展開へと移行しています。
州政府および地方自治体も同様に、初のAI搭載のチャットボットの実装に意欲的です。一方、既に内部導入を終えた連邦機関は、外部向けのチャットボットの導入を計画しています。
これらのAIチャットボットは、長年使用されてきた従来型のチャットボットとは異なります。従来型のチャットボット(ルールベース)は、決められたシナリオに沿って対応するため、シンプルな問い合わせには強い一方、想定外の質問には対応できません。一方、AI(対話型)チャットボットは、自然言語処理(NLP)、機械学習(ML)、および大規模言語モデル(LLM)を活用して、意図や文脈を理解しながら学習・改善し、複雑な質問にも包括的な回答ができるのが特徴です。
AIチャットボットを導入すれば、人手をかけずに、高速で一貫性のある規制に準拠した回答を提供できます。しかし、構築、セキュリティ保護、および管理が難しいという課題もあります。チャットボットを構築するには、まず手始めに、早期に成果を出せ、必要な経験を得られるユースケースを見つける必要があります。次に、設計を最適化し、適切なLLMを選択し、適切にキュレーションされたデータソースとモデルとの連携を実現します。
さらに、攻撃や不正利用からチャットボットを守ることも重要です。同時に、効果的なガバナンスを確立し、モデルが誤情報や不適切な回答を提供しないようにする必要があります。誤情報や不適切な回答は、意思決定の欠陥につながり、詐欺を助長し、規制遵守を損ない、最終的にはユーザーの信頼を損なう可能性があります。
課題はあるものの、連邦・州・地方の政府機関はAIチャットボット導入を前進させています。その価値を最大化し、重大なリスクを最小限に抑えるためには、次の4つのベストプラクティスに従うことが効果的です。
AIチャットボットの構築は、他のアプリケーション開発と同様に「問題を正しく理解すること」、「利用者の立場に立った設計を意識すること」、「フィードバックを受けて改善を繰り返す」といった原則に従うことから始まります。最初のAIチャットボットの導入では、よくある質問への回答など、目的が明確で、頻繁に発生する課題の解決に焦点を当てましょう。また、外部(住民向け)と内部(職員向け)どちらにも活用できるかを検討し、問い合わせの一次受付(トリアージ)として活用することも有効です。
運用を始めてから、翻訳機能や音声対応、複数システムとの連携などの複雑な処理にも対応できるよう、段階的に追加機能を組み込むことも可能です。
外部向け(住民向け)ユースケース
利用者や住民と直接やり取りするタイプのチャットボットは、幅広い用途があります。以下に一例を挙げます:
米国市民権・移民局(USCIS)では、チャットボット「EMMA」が、入国管理サービス、グリーンカード、パスポートなどに関連する公的要請に対応しています。
アトランタ市では、24時間体制の311サービス(緊急時以外の支援)が、居住者からの道路の穴の報告やゴミ収集日の問い合わせに常時対応しています。
サウスカロライナ州では、新たに提供を開始したAI搭載の「住民アシスタント」(愛称「Bradley」)が、よくある質問への回答や、税金の支払いや水道料金の確認など問い合わせに対応しています。
外部(住民)向けチャットボットは、匿名での問い合わせに対応したり、パーソナライズされた情報を提供できるように設 計できます。市役所のWebサイトのチャットボットは、住宅の建設許可や今後のイベントに関する一般的な情報を不特定多数に向けて発信することがあります。一方、労働、税務、自動車関連の行政機関のWebサイトのチャットボットは、個人の申請状況、納税申告、車両に関する情報をなど、パーソナライズされた回答を提供できます。
内部向け(職員向け)ユースケース
現在、多くの公共機関が職員向けの社内チャットボットに焦点を当てています。内部向けチャットボットは、検索拡張生成(RAG)を用いて社内データを活用します。同僚に頼らずに、職員自らが情報を探して、潜在的に複雑なプロセスを迅速に進めることができるようになります。
外部チャットボットと同様に、これらの内部向けのツールも、パーソナライズされた回答や、より一般的な情報を提供するように構築できます。例えば:
人事部向けのチャットボットであれば、2015年に米国総務庁(GSA)が開始した「Landingham」Slackbotのように、従業員のオンボーディングをサポートなどに活用することができます。また、各職員に合わせて、福利厚生、報酬、休暇などの情報を案内することもできます。
IT部門向けのチャットボットであれば、技術的なサポートを提供したり、職員からのパスワードのリセット要求や新しいソフトウェアのインストールといった一般的な問い合わせ対応業務を支援することができます。
ケース管理用のチャットボットであれば、ケースワーカーや給付金査定担当者が福祉支給の判断やケース対応を行う際に、関連規則を照会したり、ケース履歴を要約したり、必要な情報を内部システムからすばやく取り出すことができます。
チャットボットは問い合わせの一次受付(トリアージ)に優れており、よくある質問への対応や、問題を人手に委ねるべきかの判断が可能です。適切に設計されていれば、カスタマーサービスセンターの生産性を向上させ、ユーザーへの応答時間を大幅に短縮できます。特に、チャットボットがITサービスデスクなどの重要な機能をサポートしている場合はその効果は絶大です。実用化できれば、人間の担当者はより複雑で判断が難しい問題や日常的でない問題に集中することができます。
外部向け(住民向け)か内部向け(職員向け)かを問わず、チャットボットを構築するためには共通して必要な「基盤要素」があります。それは「モデル」、「データセット」、「データ取得の仕組み」の3つです。
公共機関のほとんどは、高価で時間のかかるプロセスを経ずにモデルを自ら構築する代わりに、既存のLLMを選択しています。OpenAIのChatGPTのような商用LLMや、MetaのLlamaのようなオープンソースLLMを選択することも可能です。
モデルを検討する際は、機能、セキュリティ、コストを考慮してください。例えば、テキストだけでなく、画像、音声などの入力や出力を処理できるチャットボットが必要になるかもしれません。オープンソースモデルを選択すれば、自己管理が可能な環境でモデルを運用できるため、セキュリティを最大化することもできます。さらに、サブスクリプション料金や、商用プロバイダーが提供する、高額になりがちなトークンごとの価格設定を回避できます。
特定の分野の知識に特化したチャットボットを構築しようとする場合、LLMが参照するためのデータセットが必要になります。ユースケースごとに、同州全員に関する車両の登録情報、機関の人事ポリシー、または郡の重要記録をまとめた文書ストアなどが考えられます。チャットボットに活用するためには、このデータを、モデルにとって過去の入力内容を記憶しやすいベクトルデータベースで管理します。
最終的に、チャットボットがユーザーに適切な情報を提供するためには、LLMをそのデータソースと統合する手段が必要です。RAGは、ユーザーの質問に関連するデータを検索し、その情報を追加した上でLLMに回答を生成させます。一般的な学習データだけに頼らず、最新で正確な情報を提示できるようになります。
チャットボットの導入を失敗しないためには、インターフェース、対応するプラットフォーム、他のコンテンツとの連携を丁寧に設計することが重要です。まず、ユーザー調査から始め、次に、チャットボットに対応させたい特定のトピックや質問回答モデルの種類など、チャットボットの機能範囲を明確にします。運用後もデータとフィードバックを収集し、性能と知識を継続的に改善します。
さらに多くの人に便利に使ってもらうために、Webサイト、モバイルアプリケーション、テキストプラットフォームなど、複数のチャネルにチャットボットを展開することを検討します。優先言語である英語とスペイン語をはじめとする複数の言語に対応させることで、アクセシビリティ向上を図ります。
また、チャットボットの 回答は、他のWebサイトやFAQのコンテンツと連携して機能する必要があることに留意してください。チャットボットは、人間の対話に近い方法で情報を提供するためのツールであり、他の方法で情報を提示することの代替手段ではありません。
チャットボットの設計と構築は、全体の一部に過ぎません。保護と管理を行うための効果的な方法も必要です。そのためには、チャットボットに出入りするデータの制御も必要になります。
ユーザープロンプトにガードレールを設け、AIシステムが操作されて悪用されることを防ぐことが重要です。特に、プロンプトを監視して以下のような主要な脅威からモデルを守ることが重要です:
プロンプトインジェクションとジェイルブレイク:ユーザーが悪意のあるコードを入力して、チャットボットのルールを回避したり、モデルをだまして安全設定を回避させようとする行為。
不適切なプロンプト:ヘイトスピーチやわいせつな文章を意図的に入力し、モデルに不適切なテーマを扱わせようとする行為。コンピューティングリソースを無駄に浪費させるだけでなく、チャットボットが他の人に同様の不適切な内容で回答した場合、組織の評判を損なう可能性があります。
不正確な回答などの問題のある出力に対する対策も必要です。たとえば、ニューヨーク市の「MyCity」チャットボットが、小規模事業者向けに「ネズミがかじったチーズをレストランで出しても良いか」と尋ねられた際、明らかな誤りである「レストランは、ネズミによる被害の程度を評価し、顧客に通知すれば、引き続きそのチーズを提供できる」という回答を提供した事例もあります。
また、チャットボットが偏ったり不適切な回答をした場合、組織の評判や公共の信頼を損なうことがあります。2025年の広く報道された例として、xAIのGrokが反ユダヤ的な発言を投稿する事例もありました。
このような問題に対する有効な手段としてAIファイアウォールを導入することで、プロンプトインジェクション、モデル汚染、過剰利用など、従来のセキュリティソリューションでは対応できない脅威をブロックして、入出力を保護することができます。ファイアウォールは、ユーザーとモデル間のネットワークエッジに配置され、悪意のある入力がモデルに到達したり、不適切またはルールに沿わない出力がユーザーに到達するのを防ぎます。ファイアウォールは、政府機関が独自のポリシーを使用して完全に制御できます。
Cloudflareは、AIチャットボットの導入プロセスを効率化するさまざまなツールを、1つの統合プラットフォームで提供しています。たとえば、Cloudflareを使用すると、インフラ管理不要の、ベクトルデータベース、エグレス料金のかからないグローバルオブジェクトストレージ、およびRAGパターンを有効にするサービスを使用して、チャットボットのバックエンドを構築できます。
さらに、Cloudflareのグローバルネットワーク上にAIチャットボットを構築し、デプロイすることができます。AI Gatewayサービスにより、開発者は複数のLLMをチャットボットに組み込みつつ、AIアプリのトラフィックを一元管理・可視化できます。Cloudflareのグローバルネットワークに統合されたインラインFirewall for AIサービスを実装することで、プロンプトと出力の両方を保護できます。
チャットボットは、ユーザーが求める即時対応を提供しつつ、行政の効率化という目標にも貢献できます。しかし、目標を達成するためには、チャットボットを慎重に設計し、時間をかけて十分なセキュリティとガバナンスを実装することが非常に重要です。
この記事は、技術関連の意思決定者に影響を及ぼす最新のトレンドとトピックについてお伝えするシリーズの一環です
Dan Kent — @danielkent1
Cloudflare公共部門担当フィールドCTO
この記事では、以下のことがわかるよ うになります。
組織に最適なチャットボット活用例の見つけ方
選択して連携するべき主要テクノロジー
チャットボットのセキュリティ強化とガバナンス戦略
セキュリティを維持しながらチャットボットなどのAIサービスの実装をサポートする方法について、詳しくは、「AIの安全な実践を確保する:スケーラブルなAI戦略を立てる方法に関するCISO向けガイド」をご覧ください。
利用開始
ソリューション
サポート
コンプライアンス
公共の利益